“仲間はずれ”になりやすい子はどのような子?発達障害グレーゾーンの子はターゲットになりやすい?気をつけるべきこと・親の心構えを考える

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ご訪問いただきありがとうございます。

 

長い冬休みが終わり、ようやく日常がスタートしております。

今年の冬休みはのんびりと家族で温泉旅行をしました。

春には7歳を迎えるhidaka。

家族旅行ひとつとっても、私たちのペースに合わせるhidakaに大きな成長を感じました。

3歳。hidakaの発達の心配が明るみになり、私は囚われたかのように、すべての時間をhidakaに合わせ、hidaka中心に生活しておりました。

そんな日々を懐かしく、“いい思い出”と振り返る日が訪れております。

 

就学を来春に控えたhidaka。

2018年はどんな1年になるのでしょうか。

不安で地に足がついていないような、入園を控えたときに感じた、迫りくる恐怖のようなものはありません。

「ひだか、小学校楽しみ?」とhidakaに聞くと

静かにうなずき、目線はまっすぐと未来を見上げ、キラキラと輝くのでした。

 

そんなhidakaは、お友達関係でまた新しい境地を迎えております。

一緒にただただ走り回って、追いかけ合って笑い合っていた時期というのは、就学を控えた今、終わりを迎えつつあります。

小さな“つまづき”に気がつき、少しずつ“どうしていけばいいのか?”ということを、hidakaの特性を踏まえて考え、小さく働きかけていこうと考えています。

 

“仲間はずれ”になりやすい子はどのような子?発達障害グレーゾーンの子はターゲットになりやすい?気をつけるべきこと・親の心構えを考える

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“仲間はずれ”をする子の心理

人というのは誰でも環境や外界、人や物に働きかけて影響を及ぼしたい、変化を起こしたいと思っている生き物です。

“主体”であると感じたい。

この思いは、自分の人生を“生きる”中で、非常に重要な思いであり、行動や思想、すべての発言の原動力となります。

しかし、この“主体”でありたいと思う範囲というのは、人それぞれ、環境や生まれ持った性格により違いがあります。

この“主体”でありたいという範囲が広かったり、集団の中で“主体”である事を求められている場合、社交的なスキル・対人的なスキルや倫理観が揃っていれば、リーダー格の人材として、集団の中で影響力を与える地位につくことがあります。

みんなの為に役割を感じ引き受けたり、集団に働き掛けることにより、みんなを引っ張って行ったり、これは正統派のリーダーと呼べる人です。

でも、大人の場合もそうですが、子どもの場合は特に、そのスキルや倫理観が揃っている子ばかりではありません。

リーダー格になれる子というのは、これもまた生まれ持った才能。

リーダーになる素質があっても、まだ子どもで考えが未熟だったり、倫理観が足りなかったりすると、支配的なリーダーというのもまたリーダーなのです。

リーダーの素質がなくても、それに気がつかずリーダーに憧れ、人に影響を及ぼしたいという思いが強い子もいます。

またその影響を及ぼしたい相手が幼い場合、より高度な対人スキルや忍耐力が必要になります。

周囲の空気を読み、人に合わせる社会性を発達させた大人とは違い、社会性が経験不足で未熟な子どもでは、またリーダーシップをとり、集団を統率していくのはとてもじゃないけれど、とっても難しいです。

3人以上のグループになり、その中で“主体”になりたいという思いが芽生えた子がいたとして、思い通りにならず悶々とした結果、その人に影響を及ぼしたい、“主体”でありたいという気持ちを譲ることができず、“仲間はずれ”というやりやすく、分かりやすい形の切り捨てで表れる事になってしまうのは、幼い子ども達の中では、よくある行動として現れます。

発達障害の特性を持つ子は“仲間はずれ”になりやすい?

人に働き掛け、影響を及ぼしたいという思いが強い子にとって、発達障害の特性を持つ子というのは、とてつもなく掴みどころがなく、コントロールしにくい存在です。

それは、発達障害の特性を持つ子と関わってみれば・・・・実感すると思います。

そのマイペースさや対人スキルの未熟さというのが、精神的に未熟で、対人スキルが経験不足な子どもにとって、個を認めながら動かしていくというのは、ひどく労力を使うもので、影響を及ぼすことが困難を極める機会が、どうしたって社会性が年相応発達した相手と違って多いと思います。

そのような場面に多く直面した結果、人に働き掛け、影響を及ぼしたいという思いが強い子は、その子を“排除したい”という気持ちに駆られるのも・・・・残念ですが、仕方がないような気もしなくはありません。

では、どうすれば発達障害の特性を持つ子を“仲間はずれ”という自尊心を傷つけるものから守る事ができるのでしょうか?

まずは、“仲間はずれ”になる原因を挙げていきたいと思います。

“仲間はずれ”になる原因の代表例4つ

1.オドオドしている

オドオドしている子というのは、自分に自信がなく、考えや行動に迷いがあり、掴みどころのなさを感じることと思います。自分の意見をハッキリさせることができない印象があり、仲間として頼りなさを感じます。そのような“頼りなさ”というのが、仲間から外される原因になります。

2.出た杭・普通の領域を脱している

極端に何かある特定の分野で劣っているということや、秀でている場合にも、“仲間はずれ”という制裁を受ける事があります。みんなが持っている物を持っていなかったり、逆に持ち過ぎている場合にも、妬みというものから仲間から外される要因になります。特に、日本社会は古くからの慣習で、周囲と同じである事で安心するという文化が根強いです。現代の世の中では、変わりつつある部分でもありますが、日本人である自分の心に聞いてみれば、その文化というのは根強く浸透しており、親から受け継ぎ、私たちの子どもの世代にも広まっている事を感じると思います。

3.付き合いが薄くて広い“いい顔しい”

“仲間”というのは、心を合わせ、一緒に物事をする間柄を、かなりの期間継続して続けている状態のときに使う事が多い言葉です。

“仲間”というのは、心をどれだけ合わせているかによって、その結束力も変わってくるものです。

誰にでも、薄く心を合わせ、軽々しい印象で思いを変化させ、人から人に渡り歩いている姿をみると、信用度は低く、“仲間”として認められず、それが“仲間はずれ”という形で表れる事があります。

4.支配的なリーダーのストレス発散

家庭の中で、極端に“主体”であるということを感じられず、満たされない思いを抱えている場合、“主体”であるということを、外で求める事があります。

その“主体”でありたいという思いを、十分に感じる為、時に支配的なリーダーになってしまうということがあるのです。

自分が“主体”であるということを感じ、満足できている子は、例え一時的に“仲間はずれ”というものに加担したとしても、注意されていけないとわかったら、やめるという選択をする子が多いです。

でも、日常的に親に過度にコントロールされてしまっていたり、行きたくない・やりたくない習い事や勉学に励まなければいけない時間が長かったり、自分が“主体”であると十分に感じられることができず、過度なストレスが掛かっていると、“仲間はずれ”がいけない事とわかっていても、満たされない思いを発散するべく、その支配力の快感から逃れられず、大人の目から隠れ、巧妙に続けてしまうという背景があります。

発達障害の特性を持つ子を“仲間はずれ”から守ることはできる?

原因から考えてみると・・・・

発達障害の特性を持つ子を“仲間はずれ”から守ることはできるのでしょうか?

そのターゲットになりやすさというのは、やはり定型の発達の子ども達と比べると、可能性の高さを否定することは難しいのが現状です。

発達障害の傾向を持つ子を、その傾向がなくなるようにすることはできないのです。

生まれながらに持った脳の構造が、そのようにできているのです。

その傾向があっての我が子なのです。

そして、要因の4つ目である、自分が“主体”である事を感じる事が満足に出来ていない子というのを、現代の世の中からなくすことはできるのでしょうか?

他の家庭を変えようと働きかけることは、世を変える事です。

何世紀にも渡って働きかけ、ようやく効果が訪れるのはいったい何十年後になるのでしょうか・・・・。何百年後かもしれません。

それでは、今まさに発達障害の特性を抱えている我が子を“仲間はずれ”から守ることはできません。

では、どうすればいいのでしょうか?

何をしてあげることができるのでしょうか?

それは、発達障害の傾向を持つ子は、“仲間はずれ”にされるという困難に直面する事があるかもしれない、その“仲間はずれ”のターゲットになる可能性が、定型の発達の子よりも高いという事を知ることです。

そして、“仲間はずれ”という困難に深く悩まされない為に、今何をしてあげるのかということ。

大切なのは、もし“仲間はずれ”にされても、“我が子は大丈夫”と思えている事です。

“仲間はずれ”に負けない強い心を育てることが、子どもはもちろんですが、親の心構えも必要なのです。

防止策は考えていますか?“仲間はずれ”を防げるなら防ぐべきなんです!

子どもの“仲間はずれ”の場合、発達障害グレーゾーンの子を抱える私たちは、その原因を知る事はとても大切。

それは、社会への不適応、つまり“障害”の表れかもしれないからです。

社会のルールを守れていなかったり、自分勝手な事を言っていて“仲間はずれ”にされている場合は、年相応のソーシャルスキルがなく、社会性の未熟さが原因となっているのです。

これが周囲の環境のせいではないのであれば、“社会性の障害”と言えるものです。

もしも、我が子の社会性が、障害の領域に入っている場合は、早急にその事実を受け入れ、そのうえで専門家の支援を交え、社会性を学ばせ、生涯掛けて可能な限り社会に適応できるように、伸ばしていく努力が必要になります。

運動面の未熟さというので、足手まといになり、疎まれていることが原因であれば、苦手が集団生活を過ごす上で目立ってきていることに気がつかなくてはなりません。

運動面の療育は、昨今大変注目されております。

様々な体の部位を脳が上手に操ることができていないのだとしたら、それは特別な訓練を受け、その機能を鍛える必要があるのです。

療育や体操教室など検討を考え、不器用さは支援を必要としているかどうかを考える必要があります。

文句を言ったり、拗ねてみたり、人の気持ちを考えず、自己中心的であったり、ハッキリ自分の思いを伝えられなく、もじもじしているというのも、精神的な幼さをカバーできるソーシャルスキルを学んでいく必要があります。

ソーシャルスキルを学ぶというと、難しく感じるかもしれませんが、親が子供を育てるとき、子を思い「こうしていけるとよいと思うよ。」とアドバイスをしたり、「こういう風に感じたのかもしれないね。」と周囲の思いを代弁したり、「こう思ったのかな?こう伝えられるといいね。」というのを、小さな頃から、その子の成長に合わせて少しずつ伝えてきたこと、それこそがソーシャルスキルを学ぶという事です。

発達障害グレーゾーンの子というのは、そのソーシャルスキルが必要になる機会が持っている特性により少なかったり、自然と周囲の環境から学びとる力が弱かったり、自分の思いをハッキリ言葉にすることが難しかったり、それぞれ困難を持っているということがあります。

だから、丁寧に関わる必要があるのです。

親が気をつけて機会を作り、丁寧にその子にわかりやすく伝え、学習させていくことが必要になります。

もちろん、親が出来ないのであれば、専門の機関に頼る必要があるのです。

早期発見・早期療育というのは、“仲間はずれ”から不器用な子ども達を守る為に考えられたものでもあることを知っているべきなのです。

本質は“ありのままでよい”ですが、人として成長していける部分があるのであれば、それに気付かせサポートし、育てていくこと、その環境を整える事が、親の責務です。

よくよく我が子を見詰めてください。

“仲間はずれ”にされない為に、今何をしてあげられるのでしょうか?

何を教えてあげることができるのでしょうか?

どのような環境を整えてあげることが必要なのでしょうか?

“仲間はずれ”にされても大丈夫!負けない強い心を育てる

我が子が“仲間はずれ”にされるというのは、とても悲しいものです。

誰も自分の大切にしている子どもを傷つけられて、喜ぶ親はどこにもおりません。

“仲間はずれ”をする子の視点に立てば、またそのような行動をとってしまう原因は複雑に絡み合っているのかもしれません。

でも、発達障害の傾向を持つ我が子が、“自分らしくいる”ということを考えると、“仲間はずれ”という脅威から逃れることはできないのではないかと思うのです。

発達障害の傾向を持つ子を育てる親が、本当の意味で我が子が自分らしくいることを応援するのであれば

「“仲間はずれ”という困難にぶつかったとしても、絶対に我が子を悲観的にとらない!」

と心を決めておく必要があります。

それが、我が子が“仲間はずれ”に負けない強い心を育てる原点です。

“仲間はずれ”というのは、多様性を受け入れないボスがいるチームなのです。

このチームに属する事自体が、自由でマイペースな我が子にとって、その“ありのままをよし”とされない環境なのです。

その環境こそが、発達障害の特性を持つ子にとって、“自分らしくいられない最大の脅威”なのです。

無理をして、自分を捻じ曲げ、息が詰まるような思いをして、多くの時間を、逃げ場がなく過ごすことが、2次障害へと繋がっていく、一番最悪な環境なのです。

成熟している大人であるあなたが、今もし“仲間はずれ”を受けたとき、どうしますか?

“仲間はずれ”という多様性を排除するようなボスがいるチームには、属さない選択をするのではないでしょうか?

そのようなチームに属することは、“自分の色を失う”ことです。

それを大人であるあなたは、当然のようにわかっております。

わたしなら“ありのままの自分”を受け入れ、そこに魅力を感じてくれる相手としか付き合いません。

自分の交友関係は、自分が“主体”なのです。

“仲間はずれ”という選択で、チームのメンバーに選ばれなかったときには、先に“合わない”ということを教えてもらったと捉えるべきなのです。

子どもの“仲間はずれ”は最初の対応が肝心

幼い子どもの“仲間はずれ”というのは、その規模もまだ少人数のグループ内で起こるもので、“仲間はずれ”を起こしたボスというのも、まだまだ精神的にも未熟で、他の集団にまで、その影響力を及ぼせる子どもというのは・・・・いないと考えるのが適当かと思います。例えば存在していたとしたら、それは子どもの力だけではその子に対峙できません。

“仲間はずれ”がそのようなボスの元で、広範囲に及んでいる場合は、それは“仲間はずれ”ではなく、“いじめ”となります。大人が介入する問題です。

今、考えたいのは、“いじめ”ではなく、もっと小さな子どもの“仲間はずれ”です。

学校生活という集団生活で学ぶことが必要不可欠な現代の社会で、この小さな規模での“仲間はずれ”を経験したとき、この時の“導き”というのが、今後の学校生活を有意義にしていく為には、非常に肝心になります。

何をすればよいのかというと、まずは“仲間はずれ”のショックから、出来るだけ早く立ち上がらせ、方向性を示し、選択させるのです。

子どもはまだ経験が少なく、“仲間はずれ”にされたという、自分を否定されたというショックに身を委ねている事と思います。

でも、一緒になって“どうすれば仲間にいれてもらえるのか?”ということに思いを巡らせてはいけません。

見極めは必要になりますが、導くべき道はシンプルなのです。

“仲間はずれ”にされたグループは我が子にとって価値がある?見極めポイント2つ

見極め1.仲間はずれをした子はチームのリーダー?

“仲間はずれ”というのが、チーム全体の意向なのかどうか?というのが、今回の見極めポイントです。

幼い子ども達のグループの場合、リーダーが不在のグループも多くあります。リーダーが不在のグループというのは、母親たちが仲が良く、必然と集まる集団になっているという環境が影響している場合です。

チームのひとりが気まぐれや、気の合わなさというもので、1:1の関係で“仲間はずれ”にしているということも考えられます。その場合は、それ以外のチームのメンバーから、承認を受けている場合もあるのです。

今後のチームのリーダーによっては、仲間として受け入れられていく可能性があります。

注意して、今後のチームの方向性をみていく必要はありますが、そのチームの一人の“仲間はずれ”に屈し、自分から抜ける必要はないのです。

見極め2.仲間はずれをした子は、変わるのか?

これは、“仲間はずれ”をした子が、精神的に未熟なのかどうか?ということです。

例えば、3歳~6歳くらいの子がお友達に「○○くんはダメ~」ということは、よくあることなのです。

そこには、“仲間意識の芽生え”という発達の段階があります。

この段階を迎えている子というのは、仲間意識が強く、今後仲間を守り、大切にするという面を育てていく可能性があるのです。

“仲間はずれ”をした子が幼い場合は、チーム全体の雰囲気を感じていく必要はありますが、環境やその子の成長しだいで、一生大切に、我が子を仲間として受け入れてもらえる可能性もあるのです。

チームに期待できないと判断した場合に“仲間はずれ”から立ち直らせ我が子を導いていくべき道

▼自分の仲間を作る

仲間から外されたチームに期待できないと判断したとき、我が子を立ち直らせるには、何をすればよいのか?という選択に、「どうしたら仲間に入れてもらえるのか?」という方向で思いを巡らせる必要がないということを示す必要があります。

選択をするのは、我が子ではあるのですが、人生の先輩として、“自分の仲間を作る”という選択肢をぜひ示してあげてください。

目標ができれば、人は立ち上がります。

目標があれば、課題を感じ、やるべきことがあれば、雑多な事で思い悩む事なんてないんです。

“仲間はずれ”に負けない、強い心を育てるのです。

▼自分が変わる

自分の仲間を作るという道を示すことと同時に、自分が成長する必要があることを教える必要も出てきます。

類は友を呼ぶなのです。

いつまでも、“仲間はずれ”にされた以前の仲間に、未練を持ち、過ごしているのでは何も成長しません。

“仲間はずれ”というショックから、学んだ事もあるはずです。

人はどんな人でも、成長をし、人間力を高めていくことができます。

苦手な事を鍛える事も、時には必要になります。

長所を伸ばす事も、人間力を高める事です。

そうして自分の魅力を磨くことこそが、“自分の仲間”と出会うには必要な事なんだということを教えてあげてください。

“仲間はずれ”を乗り越え、自分の色を感じ、持っている才能や素質、苦手な事でさえ克服できるように自分を高めていく生き方が、人間力を高める事です。

同じ志を持った仲間に出会うには、自分を高める事が必要なのです。

そうして、自分に自信を持ち、自分で選択し、未来を作っていく習慣を身につけさせる事が、不器用さを抱える発達障害の傾向を持つ子にとって、今後の人生を輝かせる為に大切になってきます。

“仲間はずれ”に負けない心を育てるのは、本当の“仲間”をみつけていく為なのです。

 

 

まとめ

冬休み中、いつも仲良くしている仲間に声を掛けてもらい、お友達のお家に遊びに行きました。

気心の知れた仲間と、変身ごっこやカルタ、ボードゲームなどを楽しむhidaka。

その姿を安心しながら、ママ達とのおしゃべりの合間に、ちらっと目線を送ったり、時にみんなの会話を聞きとり、雰囲気を感じ、見守っておりました。

一緒にいつも集まり遊ぶ仲間は、hidakaを入れて5人の男の子グループです。

最近の男の子たちの社交は変化が出てきていて、よく会話をするようになっていました。

些細な会話です。

どんなおもちゃを持っているのか。休日にどこにいったのか。テレビ番組の話し。

そんな話題が中心です。

一方的に放った言葉であっても、みんなが拾い合い、「いいなぁ。」や「ぼくは○○持ってるよ!」「みたみた。」

というような相槌を打ち合っています。

そして、「一緒に○○しよう!」

というお誘いも盛んで、男の子特有の不器用さはありますが、関係を築き、深めていっている事を感じます。

そんな仲間の中、hidakaはというと、生まれ持った特性により、チームのリーダーとして振る舞う姿はなく、遊びに参加したり、マイペースに過ごしたり、会話に参加することもあれば、やはり少し苦手を感じるのか、言葉のやりとりのようなものは避けたり、言葉を口にしても、その対人スキルでやや遅れをとっているように感じることもありました。

仲間の男の子たちも、hidakaのその不器用さを感じてくるお年頃になってきたことも、私は感じ、少しその不器用さをどう受け取っていくのかということが、気にはなってはおりました。

そのような環境の中で、起こった事です。

今回集まったお家の男の子が、ブロックの大きな箱を出してきて、「ブロックやろう!」と声を掛けたとき、みんながわらわら集まってきました。

少し遅れてhidakaも気がついたようです。

一瞬ですが、少し躊躇したようにも見えました。

でも、そっと手を出し、混ざろうとした時、そのブロックの持ち主の男の子が、「ひだかくんはダメ~」と言い放ちました。

「!」

ママ達も傍にいたので、その冷たい温度の発言に、「!」と、話しが止まりました。

私は、内心・・・・

「あぁ。起こってしまったか。」と、寂しい気持ちになりました。

仲間の男の子たちがどのようにhidakaの苦手を受け止めていくのか?というのは、その子それぞれ個性があります。

その過程というのも、仲間といえども様々であることは承知しておりました。

でも、やはり大切な我が子を傷つけられる場面というのは、とても寂しいものです。

hidakaはしゅんと小さくなり、目尻を下げ、涙をこらえ、誰もいない部屋に静かに向かっていきました。

一瞬、躊躇した手を思うと、この“仲間はずれ”は初めてではなかったのかもしれません。

でも、相手の男の子の反応を見ると、心が折れ、肩を落とし、その場を去ったのは初めてだったのだと思います。

今まで目立って表に出てこなかったのは、胸の内を明かす事が難しいhidakaが、ひとり葛藤していたのだと思います。

 

他のお母さんたちも、心配そうに「ひだかくん大丈夫?」と、私に問いました。

ブロックの持ち主の男の子も、しゅんと小さくなったhidakaの後ろ姿と、周囲のママ達の反応をみて、「・・・・悪いことしちゃった。」という顔で、目をパチパチとしておりました。

「うん。大丈夫。ちょっと見てくるね。」と席をはずし、部屋の隅で小さくなっているhidakaに声を掛けにいきました。

涙を見られないようにこらえている背中に、「・・・どう声を掛けるのが正解か・・・」と思考を巡らせ、そっと近づきました。

寂しい気持ちが、思考回路を曇らせてはおりましたが、私はそのhidakaの寂しい背中をみて、hidakaの小さくなっている心に寄り添う事にしました。

優しく頭をなで、「そうか。うん。嫌な気持ちになったね。寂しい気持ちになったんだもんね。わかっているよ。」と。

すると、hidakaは私の方を向き、目からぽろぽろと涙が溢れ、ぎゅっと抱きついてきました。

寂しい気持ちは、涙と一緒に溢れ、心の外に流れ出ておりました。

 

そこに、先程のブロックの持ち主の男の子が現れました。

ママに諭された男の子は、hidakaに「さっきはごめんね。一緒に遊ぼう!」と言いにきてくれました。

そこには、イヤイヤ言いに来たという表情はなく、hidakaの目をみて、傷つけたことを後悔し、詫びにきてくれたという心を感じました。

そのお友達の表情をちらっとみて、照れたように「いいよ。」と応えながらも、しょぼんとしているhidaka。

男の子に「そんな気持ちになる事もあるよね。ごめんね言いに来てくれてありがとね。もう少し待っていてね。」と話しました。

そして静かにそっとhidakaに聞きました。

「どうしようか?ごめんねしてくれたね。このまま一人で過ごす?みんなと一緒に遊ぶ?」と。

斜め下を向き、仲間の元に戻りたいという気持ちがちらちらと見えつつも、傷ついた心に縛られ、気持ちを切り替えることが難しくなってしまったhidaka。

「じゃあママが一緒に行ってあげようか?」と聞くと、

hidakaは首を横に振り、スクッと立ち上がり、

「ひとりで大丈夫。」

と、お友達の輪の中に向かいました。

いじわるを言った男の子も、戻ってきた気まずそうなhidakaにブロックを渡し、それを照れくさそうに受け取るhidaka。

他のお友達は騒ぎ立てることなく、温かく戻ってきたhidakaを向かい入れるのでした。

 

対人面に不器用さを抱えています。

小さなつまづきが、いつか大きな困難になってしまう可能性もあるでしょう。

でも、これはhidakaが生まれ持ってきた彼の特性なんです。

変えることはできないのです。

でも、その特性を踏まえ、「どうしていけばよいのか?」ということを、一緒に考えていくことができます。

大人が介入できる時に、信頼している仲間の間で学習していくことができるのです。

衝突しないことがいいことではないのです。

そのような経験が、一人っ子という家庭環境の中、hidakaの生まれ持つマイペースな性格により、極端に不足してしまっていることも確かです。

でも、ソーシャルスキルを学ぶ環境というのは、意識すれば作っていくことも可能なのです。

まだまだ子どもたちは考えも行動も未熟です。

hidakaのように、不器用さを抱える子というのは、いつの時代も“いじわる”の標的にされてしまうというのも、社会の荒波ではあるでしょう。

でも、どの子も大人への階段を登り、学習している最中なのです。

そこは、発達障害の傾向がある子もない子も変わらないのです。

 

この後もたびたび、仲間で集まり、遊ぶ機会を設けております。

その一件以来、“いじわる”を言った男の子は、hidakaに優しくなりました。

ちょっと前から感じていた、hidakaへのトゲトゲした対応というのは落ち着き、hidakaとふたりでいる姿というのも、以前より目にするようになりました。

その男の子のママが、どのように男の子に諭したのかは聞いておりません。

でも、明らかにhidakaに対する気持ちが変わったと、私は感じております。

きっと、hidakaの苦手を受け入れてくれ、それを踏まえても“仲良くしたい”という気持ちでいてくれたのだと思います。

hidakaはもちろん、その温厚で優しい長所を生かし、嫌な事を引きずることなく、にこにこと楽しそうにみんなの輪の中に入っていくのでした。

今後、就学を機に、hidakaがどのような関係を築いていくのかはわかりません。

また、対人面でのトラブルはあるのかもしれません。

でも、私はhidakaはhidakaの色で、その色を認めてくれる仲間の中に、自分の居場所を築いていってくれればいいなぁと、感じております。

“仲間はずれ”。

そこには原因があります。

原因には発達障害の特性も絡んでくる事でしょう。

でも、誰を仲間にしていくのかという選択は、いつだって自分にあるのです。

その事を、忘れてはいけないのです。

 

お読みいただきありがとうございました。

 

発達に偏りがある子を持ち、我が子が“仲間はずれ”にならないか心配な方。

今まさに我が子が“仲間はずれ”という壁にぶつかっている方。

参考にすることがあれば、幸いです。

 

 

 

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