“感覚過敏”に悩まされていますか?発達障害グレーゾーンの子こそ気を付けなくてはならない“感覚過敏”との上手な付き合い方

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本日は、発達障害の傾向を持つ子を育てていれば、誰しもが悩ませられる“感覚過敏”について、記事にしました。

発達障害の傾向を持つhidakaも、やはり例外なく、この“感覚の差異”というのは存在していて、思い返してみると

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赤ちゃん~2歳くらいまで

感覚の過敏さというのはまるで感じず、どちらかというとその“鈍さ”というものを感じるエピソードの方が多かった。

多くの子ども達が大泣きして嫌がる注射というもので、何もなかったかのように“きょとん”としている姿から始まり、道につまづいて転んでも、泣いて母である私に抱きつき、痛みを訴えるということはなかった?その姿を思い出せない。。。

当時は発達障害を知らなかったので、違和感というものは感じていなく、「ほんとうに痛みに強い子だなぁ。」と関心し、誇らしくさえ感じていた。

それくらい、誰もその“鈍さ”について指摘してくることはなかったからかもしれない。注射を担当する医師や看護婦さんも「強い子だね~!」と。

3歳 発達検査を受けてから

発達障害を意識しはじめてから、ネットの情報の中で、その感覚の鈍さというものに“感覚鈍麻”という名前がある事を知った。衝撃的でした。

(→爪を噛んだり髪をひっぱったり靴を脱いだり履いたり 感覚過敏だけではないんです!発達障害の子の感覚鈍麻知っていますか?)

hidakaの感覚の鈍さというものが目につき、気にしだした。

3歳~

このまま“鈍いまま”成長していくのではないか?と、先の事を予測し、“鈍さ”からくるあらゆる困難を心配しておりましたが・・・・・

程なくして、直面した困難は、感覚の鈍さではなく、“感覚の過敏さ”。

感覚が成長と共に統合され、脳がその刺激を認識し始めた?

視覚の過敏さは文字や数字への異常なまでの執着として以前から目立っていた気がするが、それ以外にも触覚で、不安な空気感というのを感じるようになり、聴覚では不快な音がある様子だった。

プールの更衣室・ざわざわした雰囲気・泥遊び・給食・他の子の元気すぎる歌声など

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

その時の私の心境というのは、

「どうしたらみんなと同じように楽しむ事ができるんだろう?」とやみくもに働きかけたり、

「やっぱりうちの子は、みんなと違う。一緒に楽しむ事はできない。」とひどく落ち込んだり。

3歳~4歳にかけて、hidakaの“感覚過敏”にとても悩まされていました。

 

“感覚過敏”に悩まされていますか?発達障害グレーゾーンの子こそ気を付けなくてはならない“感覚過敏”との上手な付き合い方

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発達障害グレーゾーンの子の“感覚過敏”

私たちが持っている感覚は、五感と言われるように、視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚というものがあります。

発達障害グレーゾーンの子、発達に凸凹のある子は、その五感の一部や複数で、生まれつき脳で感じる為の伝達物質が多すぎたり少なすぎたりすることにより、過敏に感じたり、他の子たちよりも鈍く感じたりと、感覚に違いがあることがあります。

光がまぶしい

文字や数字の視覚刺激が強い

ごちゃごちゃした文字や音の中で大切な情報を読みとったり聴きとったりが難しい

苦手な音に恐怖を感じる

偏食が激しい

赤ちゃんの頃抱っこが苦手(抱きつく感じがない)

髪を切ったり歯を磨いたり耳掃除が苦手

という形で、“感覚過敏”が日常生活に表れたりします。

発達障害グレーゾーンの子の“感覚過敏”では何が心配なの?

発達障害グレーゾーンの中でもエリア1と呼ばれるやや不器用さがある範囲に、発達障害の特性の程度が位置している子の“感覚過敏”というのは、その程度や、日常生活で感じる困難というのは、その子が持つ特性や環境により人それぞれ違うのですが、多くは“頑張れば適応できてしまう”という軽度な過敏性の子が多いようです。

発達障害グレーゾーンのエリア2の子やエリア3の範囲に属する子というのは、日常生活での困難というのが、より大きい傾向にあり、相応の支援が必要になってきたり、診断が必要になり、現代ではまだまだ発展途上ではありますが、早期発見早期療育というものや、学校の体制などで働き掛ける試みがされています。

そういう背景の中では、発達障害グレーゾーンの子の中でも、やや不器用さを持っているけれど、頑張れば適応できるというエリア1に属する子どもというのは、見過ごされがちで、たとえ“感覚過敏”を持っていたとしても、“努力で我慢できてしまう”ということが、集団の生活の中での“適応”という形で表れることがあります。

“感覚の過敏さ”から起こる様々な不快な感覚というのは、社会への適応の為に小さく我慢を重ね、その小さな我慢が積もりに積み重なり、いつしか自分をも知らないところで、大きなストレスにと形を変え、誰もその事に気が付かず何が原因のストレスともわからなくなり、発散することなくぐっと心の奥にねじこみ押し込み、溜めこみ、さらに周囲の子ども達と同じようなことができるようにと「もっと・・もっと・・・もっと・・・・もっと!」と過剰に要求を重ねていくと・・・・・

大きく膨らんだ風船がパン!と割れるように、もう小さな子どもの胸がはち切れる程のストレスによって心が壊れてしまい・・・・

もう簡単には修復できなくなってしまいます。

不登校・うつ病・自傷行為というような2次障害へ繋がっていってしまうのです。

何ができる!?発達障害グレーゾーンの子の“感覚過敏”を和らげる為にできるたった3つの事

1.目立ってなくたって“感覚過敏”がある事を知ってください

発達障害グレーゾーンの子の“感覚過敏”は、年齢を重ねていくと目立たなくなることがあります。

不器用さは感じるかもしれませんが、“社会に適応”しているように見えるのです。

そうなると、大変な子育てにホッと息をつきたい私たちは、

「あぁ。もう“感覚過敏”は大丈夫なんだ。」と安心したくなります。

でも、幼少期を思い返してみてください。

そうすれば、今は目立たなくなってはいますが、“感覚過敏”と無縁ではないというエピソードが浮かんでくる事と思います。

hidakaの場合は、赤ちゃんの頃から、抱っこに密着感というのが薄かったです。それは、慣れているお友達の子どもを抱っこしたときに、知りました。

自然と身体全体を委ねてくる感覚、巻きつく手や足。「あぁ。子どもを抱っこするのって、こんなに安心感のあるものなんだ。」と、体感しました。

hidakaを抱っこすると、いつも腕が胸に当たっていたり、手足が巻きつくことなく、腕の力だけで支えなくてはいけないので、何かしっくりこない、密着感がなく、必要な状況がなければ、私たちの間には心の距離ではありませんが、身体はいつも距離があったような気がします。

味覚や嗅覚に際立った過敏性はみられませんでしたが、視覚の過敏は間違いなく学校生活で問題になると想像できるほど、際立っていました。

文字や数字に目が囚われて、私の言葉がまるで耳に入っていないのです。

目線は映りゆく景色や文字や数字でいっぱいの車のナンバーや、看板を追いかけていて、話しかけても、空を切るように手応えがなかった日々を思い返したりします。

感覚の鈍さからくる不安というのも、もしかするとストレスになっているのかもしれません。

触覚や聴覚の“鈍さ”というもので、何となく不安。。。。と感じ、それがそのような状況を過剰に避けるという“過敏さ”として表れていることもあったのです。

そんな中、“周囲に適応しよう”“社会に適応していこう”とする、適応力というのを磨き、“頑張って適応している”ということを知ってください。

“過敏さ”というのはなくなった訳ではなく、周囲と折り合いをつけていくことができるようになり、適応しているのです。

それは一方で“小さな我慢を続けている”ということでもあるのです。

“感覚過敏”は消えたわけではなく、“小さな我慢”をずっと続けているのです。

2.ストレスを和らげるお手伝いをするのです

もし、発達障害グレーゾーンの子が、周囲の子と大差なく日常生活を送っているように見えているときは、注意が必要です。

安心してしまいがちで、もっと周囲の子ども達と同じ事を要求していきがちですが、発達障害グレーゾーンの子が周囲の子と大差なく日常を過ごしていくときに感じているストレスというのは、定型の発達の子ども達よりも大きいということを知っている必要があるのです。

そのストレスの大きさを知っていれば、子を大切に思う親であれば、さらにストレスを重ねようなどとは思いません。

家庭ではゆったりと過ごさせてあげてください。

自由にゲーム三昧ということではありません。

「疲れた。。。。」と学校から帰ってくるのであれば、大好きなおやつで迎えてあげてください。

できれば、スナック菓子というような添加物たっぷりのものではなく、果物やパン、あんこ、ドーナツというようなものを適度に。身体に優しい、ストレスを和らげるようなものがいいと思います。

そして自由気ままに本を楽しんだり、絵を描いたり、ホッとくつろげる自分の居場所をつくってあげてください。

「公園に遊びに行きなさい!」と無理やり外に追い出さなくてもいいのです。

遊ぼうと誘ってくれるお友達がいれば、「どうしようか?」と子どもの気持ちを大切にしてあげてください。

「早く寝なさい!」とバタバタと寝る準備をさせるというのではなく、「○時に寝ようか?」「じゃあ○時にテレビ消そうか?」「○時にお風呂入ろうね。」と、家庭では睡眠を十分にとれるように、ママが時間の使い方をコントロールしてあげてください。

そうすれば、安心して家庭ではリラックスした時間を過ごし、明日の日常生活を頑張る力が湧いてきます。

低学年のうちは、それでいいと思うのです。

3.感覚過敏を和らげるお手伝いもできます

感覚の過敏は和らげることができます。

その方法は、多少なりとも持っている私たちの過敏性の和らげ方に似ている気がします。

大切なポイントは4つです。

ポイント1.自分のペースで

嫌々やると、大した事じゃなくても、とても苦痛で、強要されると心が傷つき、あらゆる事に臆病になってしまったりします。

過敏なことには、“心構え”というものがとても大切なんです。

やっぱり自分の事を本当に一番わかっている自分が、“自分のペース”で“自分の形”で少しずつ挑戦するというのが、過敏な感覚を和らげていく為にとても大切な事になります。

人というのは不思議なもので、本当にダメなものは、ダメですが、克服できるかもしれない課題には、周囲の応援があると、挑戦していこうという気持ちをいつまでも持ち続けたりします。

見守る目が必要なのです。

やりたいときにやるでいいんです。その時期が来るまで、信じて待っていてくれる人が必要なんです。

小さな子どもなら、課題を忘れてしまう事もあります。でも、その課題を忘れずに促し続けてくる人が必要なんです。

ポイント2.納得していると意外と大丈夫

人は知らないものは怖いものです。それは私たちも同じです。でも、知ってみると今まで怖かったものが怖くなくなったりします。その正体が何者なのか、自分に危険がないことがわかるからです。

“感覚の過敏”というのは、知らないものへの恐怖だったりすることもあります。

痛みのような強い刺激を感じることが、“感覚過敏”のすべてではないのです。

認識を広げてあげてください。

飛行機の音を怖がる・花火の音を怖がる・祭りの雰囲気がダメ・プールの更衣室の湿った空気がダメというものは、知らないものへの恐怖なのです。

頭の中がその得体のしれない“いつもと違う”という感覚に、非常用のサイレンが鳴り響き、パニックになっているのです。

飛行機を教えてあげてください。花火の正体を見せてあげてください。祭りは何なのでしょうか?湿った更衣室の先には何があるのでしょうか?

絵本でもいいです。手持ちの花火をやってみることもいいかもしれません。

無理なく参加していく中で、楽しい体験をしていくというのもいいと思います。

きっとずっと恐怖でいっぱいなものだけではなく、“楽しめるもの”もあるはずです。

ポイント3.偏った疲労に注意

発達障害グレーゾーンの子を持つ私にも、もしかするとほんの少しですが、“感覚の過敏さ”というものがあるのかもしれません。

その中でとても納得だったのが、偏った疲労をしているときに“感覚の過敏さが増す”ということです。

偏った疲労感というのは、心と身体のバランスです。

精神的にとても疲れている時に、身体はあまり疲れていないという状況の時、身体がピリピリしていることがあるのです。

そんな時に、夫のひじやひざが当たったり、hidakaの足がぶつかってきたりすると、異常なほど痛みを感じたりすることがあります。

「痛い!!!」とぶつかった箇所を抑え、悲痛な表情を浮かべるのですが・・・・身体にアザができたりする強さではもちろんないので、理解してもらえません。

でも、本当に激痛なんです。これは“過敏さの強まり”だと私は思います。

他にも空腹時というのも、同じように感覚がピリピリします。

心と身体にいいバランスというものがないと、“感覚は過敏”になるのです。

いい具合に運動させてあげ、身体の疲れが心の疲れとバランスをとれるようになると、“感覚過敏”が和らいだりします。

身体を動かす事により、心の疲れを発散するという効果もあるからかもしれません。

ポイント4.それぞれの感覚のアンバランスが感覚を過敏にする

hidakaの“感覚過敏”でもっともひどかったのは、“視覚の過敏”です。

視覚からの情報が強すぎて、他の感覚が追いつかなかった時期があったと感じております。

(→視覚優位とは?言葉の遅れが目立つ子の認知の特性は視覚優位?視覚優位の子どもと上手に関わる7つの方法)

 

文字や数字というのが勢いよく目の前に濃くはっきりと表れ、アピールしてくる映像を想像してみてください。

その他のものというのは白くぼやけ、主張してきません。

私の顔もよく映ったでしょうか?心地よいものであったとは思いますが、ごにゃごにゃしゃべっている感じでしょうか?

音というのはこの頃のhidakaにとっては色をなくし、がやがやとなっていて、聴きとろうという意欲も湧かなかったのかもしれません。

もしかすると、幼少期のhidakaが過ごしていた世界というのは、そんな風景だったのかな?と想像したりしております。

テレビというものは、映像も音もとても主張してきて、視覚と聴覚が一致していて、hidakaの最大の娯楽でした。

3歳からは、hidakaの視覚優位という特性を知り、その特性に合わせ接してきました。

その中で、hidakaの視覚の優位性を生かし、同時に耳を鍛えるということも、少しずつですが取り組んでおりました。

童謡を聞かせ、歌詞カードを見せながら一緒に歌ったり、絵と一緒に言葉をインプットしたり、文字と写真と一緒に音で単語を伝えたり。

いつしかがやがやと雑音のように響いていた音は、hidakaの中で言葉として聞き取れるものになっていったのだと思います。

視覚の過敏には、やはりその対比である耳を鍛えることで、過敏性は和らいでいく事を感じました。

いろいろな感覚を少しずつ育て、少しでもバランスをとっていく事で、過敏性というのは多少なりとも和らいでいく例もあると私は思います。

 

まとめ

ずっとhidakaの“感覚過敏”は、今後どんどん酷くなっていき、私たちはこれから先ずっと悩まされる事になると思っていました。

そう思っていた時間は今の時間の流れとは違い、それはそれは“長い時間”でした。

我が子の将来を心配し、何度も何度も「こうなったら。。。あぁなったら。こんな事にもなるかもしれない。。。こうなる心配もしておかなくては。。」と、長い時間、hidakaの“感覚過敏”について考えを巡らせ、あらゆる困難に直面する将来の姿を想像し、気を揉んでいたからだと思います。

でも、本当に“感覚過敏”はその後どんどん酷くなっていき、私がその頃多くの時間を費やし心配していたように、我が子は成長したのでしょうか?

“感覚過敏”に今もずっと悩まされているのでしょうか?

・・・・・・・

hidakaの“感覚過敏”への悩みは、私たちは続きませんでした。

hidakaの“感覚の過敏”は、認知の広がりと共に落ち着いていき、不快な感覚・強い刺激に折り合いをつけ、みんなと同じように楽しめるようになっていったのです。

そして「うちの子はうちの子は・・・・」と狭かった視野が広がり、周りを見渡してみると、周囲の子ども達もその度合いはそれぞれですが、感覚の過敏で苦手を感じているものがある子が多くいたのです。

「うちの子は運動会のピストルの音がダメ。」

「うちの子はカレーライスがダメ。」

「うちの子は飛行機の音がダメ。」

「うちの子は暗い場所がダメ。」

「うちの子はトイレの音がダメで、ひとりでトイレに行けない。」

「うちの子は飴がダメ。」

「うちの子はざわざわした雰囲気が苦手で、一緒に買い物は楽しめない。」

その子それぞれ苦手は様々です。

みんなそれ以外の事では、社会性に困難を抱えていたりしません。

あらゆるものが手に入るようになった時代。

あらゆる事を子どものペース・嗜好に合わせる事ができるようになった現代のママ達の対応は、そんな苦手を抱える我が子にとても優しいものでした。

“ダメなものはダメでいい”なんです。

そうする事ができる大きな要因は、“生きていくためにそれを楽しめなくても困らない”からです。

時に発達障害グレーゾーンの子・育てにくい子・発達に凸凹のある子を育てる私たちは、少なからず我が子の“感覚の過敏”に悩まされる事があります。

“感覚過敏”は発達障害の特性でもあります。

大らかに考えられない事があるのです。

それがきっかけで我が子に発達障害の診断が必要になっていくかもしれないからです。

明らかな障害がある訳ではない発達障害グレーゾーンの子。

そんな兆しを放っておけるはずがないのです。

そんな放っておけない日々を過ごし、気を揉んだ事があります。

でも、気が付く必要があったのではないか?と今は思います。

その苦手は“生きることを困難にするのでしょうか?”

“それを楽しめないと、本当に人生は豊かにならないのでしょうか?”

日常生活を営む事ができないのでしょうか?

そうでないものもあるのです。

周囲の理解や、大人になったら回避できる苦手もあります。

楽しめなくても、別な楽しみを人生で見出す事ができるのです。

重要なのは“苦手の克服”ではないのです。

大切なのは“気持ちに寄り添う事”“過敏を和らげてあげること”なのです。

そうすれば見えてくるものがあるかもしれません。

何をしてあげればよいのか、見えるものもあるかもしれません。

“苦手を苦手でよし”としてあげる道が見えてくるかもしれません。

一緒に探ってあげてください。

楽しめる方法を。

人生を豊かに出来る方法を。

 

7歳に成長したhidakaは、“感覚過敏”で悩まされる事はなくなっております。

hidakaの“感覚過敏”で悩まされた日々は確かにあったのですが、それがずっと続く訳ではありませんでした。

子どもの成長は人それぞれで、hidakaと同じような例というのも少ないのかもしれません。

でも、そのような例を知っているか知らないかで、共に過ごす時間に小さな余裕が生まれ、違う時間になる方もいるかもしれないと思い記事にしました。

我が子の人生を彩る導きに、迷いはいらないのです。

ご参考に。

 

お読みいただきありがとうございました。

 

 

hidakaの感覚の過敏は、日常生活で目立たないところまで適応させているようです。

でも、学校から帰るhidakaの疲労感というのは、もしかすると周囲の子どもたちよりも強いものなのかもしれません。

授業時間も長くなり、クラスメイトの子ども達との交流も増え、楽しそうに学校へ向かうhidaka。

その一方で、最近は帰宅すると「疲れた。。。」と言っております。

表情が暗いものではありません。

でも、その疲労感は大きなものに感じております。

特別習い事やお友達とお約束がないときには、机に向かい、マイペースに本を読んだり、字を書いたり、絵を描いたりしております。

そんなゆったりな時間の中に、タブレット学習も彼の憩いの時間となっています。

電子機器に向かうのが大好きなhidaka。

無理なく学習の習慣ができ、1年生ですが、3年生の計算問題と漢字の練習をしております。

得意な事は、学校生活でも彼の自信に繋がっているようで、こくご・さんすうの時間はホッと息を吐き、楽しんでいるようです。

hidakaの息がつける時間を大切にしたいと思っています。

 

(→スマイルゼミ入会しました!発達障害グレーゾーンの子の“タブレット学習”を考える)

 



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