ご訪問いただきありがとうございます! 本格的な冬を迎え、外に出ると道はツルツル、北風はピューピュ […]
ご訪問いただきありがとうございます!
本格的な冬を迎え、外に出ると道はツルツル、北風はピューピューと冷たく頬にぶつかり、「ママ。。。眠たい。。。まだ眠っていたい。。。」と機嫌の悪いhidakaを、なんとかなだめ準備させ、幼稚園に送ってきました。
北海道の冬は・・・やっぱりどうしたって厳しい。
お家に戻ると、静かで自分が気に入っているものに囲まれた空間、その温かさにホッとするのでした。
先日、テレビで特集されていた、デンマークの“ヒュッゲ”という暮らし。
“ヒュッゲ”とは、“居心地良く過ごす時間や空間”の事を表している言葉なのですが、番組の中では、寒い地方ならではの身体が温まる美味しそうな料理、暖炉がありゆったりとしたソファ、自然をモチーフにした北欧ならではのアートがところどころにアクセントとしてあり、空間を彩り、家族が微笑み合う幸せな暮らしが映し出されておりました。
そんな“温かさ”に包まれた時間や空間を大切にしているデンマークの人々。
満たされた時間と暮らしに、私は目が釘付けになり、
「あぁ。いいなぁ。こんな温かな空間に包まれれば、あらゆる心配事に気を囚われることなく、ただただ目の前の“幸せ”を楽しむことができるのかもしれないなぁ。」
と、とても憧れの目でみておりました。
hidakaのパパは仕事が忙しく、土日祝日も仕事が入ればお休み返上で働くことが多いです。
日本人は勤勉に働くことを美徳とする意識が強く、仕事においての上昇意識も高く、わざわざ大変なところに身を投じて、精進したりします。
そんな私も仕事をしていた頃は、そんな感じでしたが・・・
企業に勤めるパパはなかなか家庭を常に優先することは難しいですが、家庭に入った私は、家庭を彩り家族が安らぎくつろげる暮らしを考えることが、幸せな満たされた生活に近づき、hidakaの事をぶれることなく、“ありのままでいい”と受け入れ続けていくことができる方法なのかもしれません。
時間はなかなかコントロールできず、限られたものになってしまいますが、居心地良く過ごす空間を整えていくことならば、北欧の暮らしではなくてもできるのかもしれません。
我が家はクリスマスツリーを飾り、こたつを出してみました。
外は寒く身体が冷え切り、社会の冷たい風にさらされ気持ちが元気をなくしても、家に帰ってくれば、温かいこたつにみかん、静かに灯るクリスマスツリーに気持ちをほっこりさせ、元気を取り戻し、明るい気持ちで明日を迎えられるように・・・。
“ヒュッゲ”に包まれた暮らしを、我が家流にアレンジし、hidakaにも伝えていければいいなぁと思い、色々チャレンジしてみております。
さて、冬になると、寒さと陽も短くお外遊びが難しくなり、家で過ごす時間がどどどっと増えます。
皆さんはどのようにお子さんと過ごしておりますか?
最近は仕事が多忙なパパとの時間がなかなかとれないhidakaは、私とふたり過ごす時間が・・・とても長いです。
コミュニケーションが大好きとは言えないhidakaは、家に帰ってくると、夕方のテレビの時間まで、自分の空間である机に座り、自由気ままにドラえもんの学習シリーズの漫画を読んだり、紙に自分の想像するイメージを描いてたまに私に見せに来たりして共に過ごしております。
はて。
楽ではあるのですが、このまま静かに流れる時間に身を任せ、過ごしていくことに、少し「・・・違うかな?」という思いが湧いてきました。
それは、臨床心理の先生が言っていたある言葉が、ふと私の心の中に響いたからです。
「冬には冬の過ごし方があるんですよ。夏は元気にお外遊びでいいと思うのですが、冬もそれをしようと思ったら、なかなか身体がついていきませんよね?冬は、体内の活動もまた夏とは違うものです。冬はお家の中での時間を充実させられるといいですね。夏にはできなかったことを、冬にしてみるというのもいいですね。」
hidaka3歳、発達の遅れに悩み、たくさんの働きかけを意識していたこの頃の私は、夏はお外遊びに児童館、機会があれば多くhidakaを外に連れ出す事を意識して過ごしておりました。
冬になり、ぐっと気温が下がり、外に出れず家にいると、何やら罪悪感のようなものが湧いてくるようになっていたのです。
そんなときに、通っていた療育でアドバイスいただいたときの言葉です。
せっかくの余裕があるふたりの時間。
「一緒に何かhidakaの得意に働きかけることをしたいなぁ・・・。」
と考えが浮かび、我が家ではかねてより気になっていた、“スマイルゼミ”の“タブレット学習”を始めてみることにしました。
タブレット依存も気になり、4月に資料請求していたのですが、検討中だった“スマイルゼミ”。
(→スマイルゼミ資料請求しました!発達障害グレーゾーンの子の凸の発達支援について考える)
“タブレット学習”に期待していたことは実際どうなのか?
“タブレット学習”を始めるうえで心配していたことは実際どうだったのか?
やってみてわかったこと、ありました。
レビューしてみたいと思います。
スマイルゼミ入会しました!発達障害グレーゾーンの子の“タブレット学習”を考える
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タブレット学習とはどのようなもの?
タブレット端末を使い、通信教育を家庭で学習することを“タブレット学習”と呼んでいます。
魅力は、映像や音声を使うことができたり、自分の手元で複雑な図形を動かして立体的に見ることができるなど、五感にうったえる分かりやすい学習が可能なことです。
生まれたときから、スマホやタブレットなどが身近にあり、意識して渡していなくても目にしたり操作したことがある“デジタルネイティブ”な現代の子ども達。
分かりやすく五感にうったえるものが多い学習形態に、楽しさを感じ、学習意欲が高まる子が多いという検証結果が出ているようです。
なぜ“タブレット学習”が注目されているの?
タブレット学習大手の“スマイルゼミ”に続き、通信教育で長い歴史がある進研ゼミからも“チャレンジタッチ”、他にも続々と“タブレット学習”を商品として発売する企業が増えております。
その背景には、タブレットの急速な普及や、勉強以外にもゲームやテレビというように興味を惹くものが多く、子どもの学習意欲の低下を心配している親、今までの紙教材のデメリット(やらずに溜めてしまう、付録などがかさ張る、親が採点に時間を取られる)が改善されることを期待している親が、増えているという背景があります。
ですが、学習意欲の向上や、親の利便さという理由だけではなく、“タブレット学習”が抵抗なく、家庭に取り入れられつつある理由として、教育の中心である学校という現場で、ICT教育(Information & Communication Technology:情報通信技術を活用した教育)が進められてきていることにも、大きな要因があるように感じます。
高度情報化社会が急速に展開される中で、国際社会で通用していく為に、次世代ではさらなる情報を活用する能力や情報通信技術を使ったコミュニケーションが必要とされていきます。
国の教育方針としても、情報通信技術を活用した教育を推進し、ICT(Information & Communication Technology:情報通信技術)に強い人材を教育し、育成していきたいという指針が出され、様々な政策が考えられてきています。
ICT教育の目的は、“情報や技術を使いこなす人材”を育てることです。
AI(人工知能)やロボットの開発が進み、大きな力を握る現代の高度情報化社会。
情報や技術に踊らされることなく、必要な情報、技術を選択し、効率的に創造的に情報を活用し、未来を造り上げていくことこそが、人にしかできないことなのです。
その先々の時代が求めている人材のことを考えても、デジタル機器に慣れ親しみ、抵抗なく活用していく技術を身につけていくという視点でも、“タブレット学習”というものは、魅力があり、注目されているのです。
発達障害の傾向を持つ子にとっての“タブレット学習”
発達障害の傾向を持つ子にとっての“タブレット学習”というのは、苦手を補うツールとして、大変注目を集めております。
学習障害(LD)のように、書くことが苦手という特性を持っていた場合、従来の紙やノートに“書く学習が中心”の学習方法では、能力があっても、“書く”という苦手に注力する必要があり、肝心な学習自体が苦手になってしまうという困難がありました。
その困難を解決するべく、“タブレット”という情報端末を利用し、書くのではなく、入力する、選択するのように、苦手を補い学習していくという活用方法が提案され、高い学習効果が出ているようです。
他にも、ワーキングメモリーが少なく、忘れ物が多く、スケジュールを管理することが出来ない子どもに、タブレットの機能を使い、苦手を補うという形で活用している子もいるようです。
ただ、今回注目したいのは、紙学習の困難という面でのタブレットの活用や、メモ帳やスケジュールというタブレットのデジタルツールを活用するという“タブレットの活用”ではなく、発達障害の傾向を抱えている子の場合の“タブレット学習”には、どのようなメリットがあるのか?どのようなデメリットがあるのか?ということに注目して、レビューしていきたいと思います。
▽発達障害の傾向を持つ子の“タブレット学習”のメリット
発達障害の傾向である“興味に極端に集中力を左右される”ということ、“視覚優位・聴覚優位という偏った認知の特性”に“タブレット学習”は働きかけることができます。
タブレットを使う事によって、興味を学習に持っていくことができ、高い集中力で熱中させ、認知の特性や苦手を補い、その子にとってわかりやすく脳に働きかけることができ、学習を重ねていくことができます。
学力の向上・学習意欲の向上という目的の元だと、発達障害の傾向を持つ子の場合、“タブレット学習”が有効な場合が多いようです。
▽発達障害の傾向を持つ子の“タブレット学習”のデメリット
発達障害の傾向を持つ子の“タブレット学習”。
実は、私はこれが心配で、“タブレット学習”の導入を迷っていました。
それは、発達障害の傾向を持つ子を育てる親ならば、その心配な姿は容易に思い浮かぶのではないでしょうか?
何よりも心配なのは、“タブレット”というスマートデバイスの“依存性・中毒性の高さ”です。
hidakaのその電子機器への依存・中毒傾向は、今では私もhidakaの特性を踏まえ、コントロールできるようになってきておりますが、定型の発達の子供たちよりもとても高く、細心の注意を払い、ルールを設けて、依存しないように、中毒にならないように気をつけ、生活しております。
少し気を緩め、パパのスマホで面白いアプリがあり、パパと一緒のときに気楽に見せていると・・・それから何度となく見たがり、顔を見ると「パパ!スマホ見せて!」と始まり、「そんなに毎回やらないよ!」と伝えると・・・泣き辛そうにするのでした。
その異常な執着を目の当たりにすると、やっぱり厳しく制限するという対応になりました。
またしばらくして、気が緩み、私のスマホで一緒に天気予報を見ていると・・・・私がいないところでも、勝手にスマホを操作していつもいつも天気を見ようとします。
ちょっとした気持ちの緩みから、hidakaにそのように電子機器に触れさせると、異常なほどに食いつき、顔を合わせればいつも「見たい!やりたい!」と執着し、せがまれるのです。
これは・・・・生活が送りにくくなり、“害”な感じがしました。
また、顔を見合わせてのコミュニケーションを必要としない“タブレット学習”。
“コミュニケーションを必要としない学習が出来てしまう”というのも、デメリットとしてあげることができるのではないでしょうか?
ただでさえコミュニケーションをする時間というのは、意識しないと希薄になりがちなのに、その時間がさらに失われることも、大変驚異です。
タブレットやスマホなどの、“スマートデバイスの依存性・中毒性の高さ”は、子ども達の健やかな成長に悪影響があると発信されている情報も数多くあります。
対人関係やコミュニケーションが苦手な子というのは、現実世界からの逃避でゲーム依存になりやすいという見解もよく耳にします。
外の世界で頑張る活力をと、家庭でリラックスして2時間程、好きな子ども向けの番組を見る時間として、テレビを利用しているhidaka。
さらに、“タブレット学習”+ご褒美としての学習後の通信教育が提供する“ゲームの利用”。
執着と、集中力。視覚優位なhidakaにとってのわかりやすさ。解答の伝えやすさという意味での、“タブレット学習”の利便さが気になる一方で、
「・・・本当にhidakaに“タブレット”を与えて大丈夫なの?」
と、ずっと気になっておりました。
学習としてのタブレットの活用であれば、発達障害の傾向を持つ子でも、依存や中毒の心配は本当にいらないのでしょうか?
発達障害グレーゾーンの子のスマイルゼミ“タブレット学習”のレビュー
Q:届いたときの子どもの反応はどうでしたか?
A:とても喜んでおりました。
就学を控えたhidakaは、お友達のお兄ちゃんやお姉ちゃん、公園で目にする小学生のイメージからなのか、小学生になると自分の携帯やゲームが持てる!と、何やら期待していて、私にやんわりと聞いてくる事もあったので。
ゲームができるというのも、楽しみにしているようでしたが、かねてより“文字や数字”に興味や関心が強かったhidakaは、勉強と呼ばれるものに興味が強く、“タブレット”で学習できるということにも、興味津々。
“自分専用”というのも嬉しかったようで、「早くやってみたい!」とわくわくしておりました。
Q:どのようなことを期待して“タブレット学習”を始めましたか?実際はどうでしたか?
期待1 hidakaの持つ苦手に働きかける学習ができるのではないか?と期待しておりました。
学習においても、hidakaのコミュニケーションの取りにくさは影響がありました。
私からの説明は、視覚優位とは知らなかった頃の分かりにくさのせいなのか、今でもあまり好きではない様子なのです。
聴きながら見るということの難しさもあるのかもしれませんが、自分で本や参考書、テレビなどの映像、幼稚園や習い事の場面での先生からの説明というもので、知識を得ることは大好きです。
でも、それでは、知識の確認をし合うという事が難しく、hidakaは自分の思い込みによる知識や、自分のやり方で学習を重ねた結果により、書き順が違うなどへんな癖がついてしまっているという、心配な要素がありました。
わかりやすいものは、その場でやんわり訂正したりしますが、もしかすると知らないところでも、たくさん勘違いしているものがあるのでは?・・・・と思うと、その思い込みが、知識の定着として固まってしまい、しっかりとした知識を学校で習っても、癖になってしまっていて、その癖を直す事に苦労するのではないか?と、不安に思う事があるのです。
なぜ、まだ就学前なのに、hidakaの学習に関してそんなに焦っているのかというと、そのような心配があったからです。
知識を得ることが好きなhidaka。
私の凸を伸ばす教育方針では、好きな事はどんどん学習を進めさせてあげたいのですが、自分のペースで自分の解釈で自由に学習していってしまうので、とんでもない思い込みやへんな癖で、今後悩ませられるのでは、私が思っている凸の発達の支援にはなりません。
そんな彼の持つ視覚優位という特性を生かせる“見る”から知識を得るという形と、しっかりとカリキュラムが組まれ、書き順や思い込みをその場で訂正してくれるという“タブレット学習”は、hidakaの学習においても見られていた“コミュニケーションの苦手”を補えるツールとして活用できると期待していました。
▽実際は・・・
スマイルゼミの“タブレット学習”をはじめてみて、苦手に働きかける学習ができています。
解き方が図で表されたり、画像が動き説明が入るととても分かりやすいようです。
もっと、イメージ出来なかった問題ひとつひとつに図での解説やヒントがあると期待していたのですが、今取り組んでいる単元では、最初の説明のとき以外は、数字や文字による説明が中心でした。
hidakaがイメージ出来なかったときは、私が傍で解説していますが、イメージ化が固まると、するすると解き方が定着していき、「こうだったね。」などと、確認しながら進めていけています。
また、思い込みによる書き順の違いなどは、その場ですぐ訂正され、直さないと先に進めないので、「あ!間違った!」と素直に訂正し、覚え直している様子でした。
これは、ありがたい。
一緒に傍でhidakaの学習を見ていると、私の知らないところでも、へんな癖がついているものがあり、早めに気が付けてよかったと思うものもいくつかありました。
期待2 “先取り学習”で学校で学習するときに気持ち的に余裕ができるようにしたい!
初めてのことや、新しい事が苦手なhidakaの特性。
それは、私自身にも当てはまる部分があります。
何となくでも知っている事を学習する方が、余裕があり、楽しいと感じるのです。
自分の持つ視覚優位という特性で、黒板や教科書、自分のノートという視覚情報を記憶することと、先生の話しを聞きイメージすることを同時にすることが、程度の差こそあれ、すべて初めの内容だと苦手だったからという背景があったのかもしれません。
そんな自分の特性を知ってなのか、私は小さい頃、“先取り学習”を好んでいました。
私の母がそんな私の苦手を知らず、「学校の授業がつまらなくなるのではないか?」と心配し、英語だけは先取り学習をさせてもらえませんでした。
まっさらで何の知識もなく受けた英語の授業は、初めてな事が多く、同時にこなさなければいけないことも多く、とても苦痛で、大きな苦手意識を持ち、学生時代は随分と苦しめられました。
「hidakaはどうなのか?」
「私と同じなのか?」
程度の差こそわかりませんが、同じ視覚優位という特性を考えると、似た感覚があるのではないか?と推測しました。
そんな私の経験を元に、hidakaの凸の発達の部分に関しては、制限なく先取りしていくことに、私は抵抗がありません。
なので、ドリルの進行度を参考に、hidakaには、1学年上の内容を選択しました。
▽実際は・・・・
“タブレット学習”の“先取り学習”はhidakaに合っていると感じました。
資料請求時に届いた、学習カリキュラムを参照して、昨今のhidakaは九九も暗唱していたので、もしかして「余裕かもしれない?」と思っていたのですが、実際初めてみると、なかなか苦戦しております。
4月からの積み重ねがあっての内容になっているので、急に11月の内容から入ると、以前の内容を踏まえての内容にはつまづき、私の解説が必要になります。
また、文字が読めないや数字が計算ができないという困難はありませんが、想像力の面では、年相応よりも苦手であるということをひしひしと感じます。文章問題が難しいのです。
楽勝という内容ではなく、「何につまづく可能性があるのか?」ということを、就学前から感じることができ、少しずつ働きかけることができるので、hidakaの場合は、私が傍で学習をサポートできるので、得意と不得手のバランスを見ると、1学年上の内容を“先取り学習”することに無理はないように感じます。
逆に分かっている内容中心で、確認のように学習していくのでは、せっかくの時間がもったいないと感じました。
1学年上の内容を先取りで学習することが、hidakaにとって、得意を伸ばし、苦手に気づけるというもので、無駄がないと感じました。
期待3 学習においての苦手を把握しておき、少しずつ働きかけておきたい
上でも触れましたが、hidakaは“想像力”という面で、年相応よりも少し遅れている(劣っている)と感じる場面がこれまで多々ありました。
私たちの時代よりも、情報を活用できる人材を育てていく為に、教育方針は変わっていくと耳にしております。
単調な計算問題や知識の暗記はコンピューターがやっていけばいいのです。
でも、hidakaが得意なのは、一昔前に評価されていた、そのような計算問題や知識の暗記にあると感じております。
つまづくのは、効率的な情報の活用や想像力を問われたものです。
そのような苦手に、余裕がある今から、少しずつ働きかけ、苦手意識で囚われてしまわないようにしてあげたいと考えておりました。
▽実際は・・・
“タブレット学習”で苦手を把握し、少しずつ働きかけることができています!
やはりhidakaは文章問題になると、イメージ化が難しく、つまづくことが多いです。
でも、一度イメージできれば、その後は解ける問題が多く、少しずつイメージを伝えていくことで、hidakaの想像力は広がっていくことを感じております。
期待4 英語の学習をはじめてみたかった
“タブレット学習”を始めようと決めましたが、進研ゼミのチャレンジタッチとスマイルゼミで、どちらにしようか悩んでおりました。
そのときに決め手になったのが、スマイルゼミでの“タブレット学習”の教材で、英語学習の評価が高かったことです。
hidakaは、言葉が遅かった事もあり、「まずは日本語の習得が何よりも大切。」と、英語に触れさせることはこれまでありませんでした。
そんな環境の中でも、日本語がままならない頃から、「OK!」や「Go!」のように、英語の言葉というのは、すんなり入る事が多く、わかりやすいようで、すぐに使う事が多かったです。
最近では、幼稚園で英語の授業があるんですが、かなり意欲的に参加しているようです。興味津々。
NHKの子ども向け番組の「えいごであそぼ」を毎回楽しみにしていて、言われなくても発音を横で練習し、日常に取り入れたり、街中にある簡単な単語を、またまた文字や数字を教えなくても覚えていったように、急に意味を言ったりして、ビックリさせられるのでした。
・・・・興味のあることは、スポンジのように吸収していくhidaka。
習い事はスイミングにピアノでお腹がいっぱいなのですが、英語も「余裕があればやらせてみたいのになぁ。」と、ついつい親バカのような気が湧くのでした。
▽実際は・・・
スマイルゼミの“タブレット学習”で、英語の教材は親子で楽しむことができ、hidakaの興味は満たされている様子です。
スマイルゼミの英語は毎月1日に発信されるようで、教材が配信されて間もないのですが、hidakaは毎日繰り返し講座を受け、楽しんでいる様子です。
特に、ネイティブの発音を聴き、その後自分で発音して、違いを検証するという機能が付いているのですが、わかりやすく、ゲームのようでとても楽しく、親子で一緒に練習したりしております。
まだ、動物の単語を覚えるという内容なのですが、お風呂の中で、動物クイズと称して、「カバは?」→「hippo!」などと、私も知らない動物の単語を覚えたりしております。
うん。面白い。
英語は追加でオプションを付け、さらに内容を濃く学習できるようですが、就学前はベーシックという標準の講座の中に含まれている内容で、無理なく英語に触れあっていければいいかな?と、感じております。
興味が深まれば、英語プレミアムも気になります。
Q:どのようなことを心配して“タブレット学習”を始めましたか?実際はどうでしたか?
心配1.タブレット依存が心配
▽実際は・・・
“タブレット学習”を始めてから、“タブレット依存”はまだ軽いですが見られています。
正直、少し依存状態です。
余暇な時間があれば、いつだって「スマイルゼミやりたい!」と言っております。
ただ、日常生活に支障はありません。
「幼稚園に行きたくない。」「習い事にいかない。」「お友達と遊びたくない。」「ピアノの練習しない。」「朝の準備しない。」「ごはん食べない。」「トイレ行かない。」「今まで以上に日常の話しをしない。」
という過剰な中毒の兆しはありません。
今の依存状態を加速しないように、中毒への兆しが見えないように、その“タブレット学習”の利用は、かなり制限しております。
自分ひとりではやらないこと。
スマイルゼミの“タブレット学習”は、一日、一度目は今日のミッションという、タブレットがhidakaに合った講座や計算問題、漢字の問題を選択し、提供してくれるのですが、今日のミッション、やるべき課題のみ取り組ませます。だいたい20分くらいで終わる内容になっております。
私が傍らに付いて、ただ答えを暗記して解いてしまったり、ゲームをやりたいが為にやっつけのように問題を処理しないようにと、間違った使い方をしないように、学習を見守っております。
hidakaもひとりで熱中するのではなく、私に確認しながらや、一緒にブロックなどを使ったりしながら、イメージ化のサポートをしてあげたり、コミュニケーションする時間を取ることもできております。
そして、課題が終わった後のゲームの時間は、20分と決めております。
ゲームの内容も、一通り覗いてみましたが、教育的な観点で考えられているゲームが多いように感じました。
ゲームなので、学習的な要素はないですが、ただただ敵を倒したりというものではなく、工夫をしたり、頭を使ってクリアできるように考えていくという内容です。
ゲームは20分なので、ゲームを楽しむというところに満足感はないような気がしますが、hidakaは息抜きになっているようです。
依存や中毒が気になるので、しばらくはその時間配分でやっていこうと考えております。
そうすると、ゆっくり課題をこなしても、だいたい1時間以内には“タブレット”に向かう時間は終わります。
お休みの日などは、午前中にこの課題をクリアし、午後、夕方などまた時間があれば、英語や計算ドリル・漢字ドリルをやることを許可しています。
その“タブレット学習”をするかしないかは、いつも主導権は私にあります。
2度目のときも、最初に「ゲームはしないよ。」と伝えたり、ゲームの時間を15分など短めに設定しております。
どんなに遅い時間に「スマイルゼミやりたい!」となったとしても、就寝1時間前に終わらないようであれば、「明日にしようか?」と、“タブレット”の使用は許可しておりません。
寝る前にテレビを見せてしまっているだけで、やはり寝起きが悪く、その深いテレビへの集中力・ブルーライトの効果は、眠りの質に影響が高いからです。
心配2.“興味の偏り”が“偏った人間力”にならないか?
hidakaの興味・関心は、親の私から見ても偏っているものが多く、一緒に居てその興味の偏りが、心配になることが多々あります。
一時期は信号の“押しボタン”に熱中し、住所を覚え、何丁目の押しボタンのボタンの色は赤だ!青だ!と、とても楽しそうに話していた時期がありました。
・・・・その話しばかりです。
一緒にいて、一方的な興味の押しつけは、とても心配な姿であり、お友達にも同じように話している姿を見ると、「・・・どうしたらいいものか。。。」と、悩ませられる日々もありました。
最近では、自分で学習したことが面白いと感じているようで、お友達やお友達のママに、足し算や引き算の問題を出すという形で、その“興味の偏り”は色濃く出ています。。。
“興味の偏り”が、いい方向ではなく、その興味を共有したいが為に、興味を押しつけるという形で、対人関係に影響が出ているときがあるのです。
“タブレット学習”の導入は、hidakaのその“偏った興味”を強めることになり、数字・文字・勉強というようなものばかりを語り、“偏った人間力”をさらに進める要因になるのでは・・・と、心配にも思いました。
でも、hidakaはまだ6歳の子どもなんです。
6歳。確かに、男の子でも、周囲の興味に自分を合わせていくというソーシャルスキルを発達させていく頃なのかもしれません。
でも、まだまだ周りの子ども達も、自分の興味のある話しを楽しそうにしている時もあります。
大人としては、その興味のある話しを受け入れてあげ、周囲の意見に流されるばかりではなく、“自分の興味”というのも大切に育み、広げてあげたいものです。
特に男の子同士は、お互いの話しを聞いているようで、聴いていないというのもあるようで、周囲のお友達は気にしていなかったり、hidakaの影響を受けて、足し算や引き算という計算に興味が湧いた子もいます。
ママ友達からは、「hidakaくんのおかげだよ~。」と、喜んでもらえたり、「周囲に影響を与えても、悪いものではないよな・・・。」と感じたりしておりました。
でも、やっぱり“程度”の問題なのです。
まだ、周囲も受け入れられる範囲で、行き過ぎないように見守っている段階ですが、対話ができ、「どうしていけばよいのか?」というのを話し合うことができるようになってきたhidakaには、
「知識をひけらかすのは、あんまりかっこ良くないかな~。必要なときに、ビシッと知っている事を言うほうが、かっこいいかもね!ドラえもんで言うと、出来杉くんは、物知りで必要とされるときだけみんなに知っている事を話しているよね。みんなから慕われているけど、スネ夫はいつもいつも自慢話ばかりで、嫌みな奴ってみんなから嫌がられていることあるよね?」などと、やんわり自制することを促してみたり、
「ママやパパ、おじいちゃんやおばあちゃんという、気心しれた相手には、突然計算問題出して、一緒に楽しんでもいいけれど、お友達のママや周囲の大人は、計算問題ではなくて、hidakaができるようになったことやこんなことがあったよという出来事を聴きたいのかもしれないね?」と、自分の楽しいが、必ずしも他人も楽しいと感じる事ではないんだよ。ということを、少しずつ伝えてみたりしております。
せっかく、「自分の興味を人と共有したい!」という、コミュニケーションの元になっている気持ちが育ってきているhidaka。
コミュニケーションに関しては、年相応を求めると、なかなか厳しい対応になってしまうことを、傍で成長を支えている私は意識していきたいと思っております。
興味の共有への願望を否定することなく、いい形で他者との関係を深め、築いていくことができるように、ソーシャルスキルトレーニングとしての働きかけも意識し、育てていきたいと思っております。
▽実際は・・・
“タブレット学習”をはじめることで“興味の偏り”は、“タブレット学習”で十分に満たされている様子です。
その為、外で計算問題を出したりすることが減ったように感じます。
どちらかというと、学習に対する興味を満たす事ができているせいか、計算以外の話しが増えたような。
“偏った人間力”にならないように、今後コントロールできればと思っています。
スマイルゼミを始めたことは、その事ばかりに話しがなりそうなので、「内緒。」ということにしました。
「秘密の訓練だから、内緒にしようか!」と、提案すると、hidakaはすんなりとお友達やお友達のママ、周囲の大人には内緒にしているようです。
それまでは、強い興味を示している“計算”への気持ちを、外でも問題を出題するというので、満たそうとしている様子があったのですが、毎日“タブレット学習”で問題を解くようになると、その“計算”への気持ちが満たされ、外ではあまり出さなくなってきております。
その代わり、すごろくしたり、あっち向いてホイのように、一緒に何かしたいという気持ちが、外に多く表れているような気がします。
興味が満たされれば、また別の興味に広がりを見せるものなのかもしれません。
“偏った興味”が、“偏った人間力”にならないように、今後も気をつけて見ていこうと思っております。
まとめ
“タブレット学習”。
hidakaの凸の発達にも注目し、伸ばしていきたいと考えている私としては、限られた時間の中で、高い効果が得られる可能性が高く、苦手としている事も把握し、働きかけていくことができるツールとして活用していくことに、大きく期待を感じるものでした。
でも、それと同時に考えられる心配事は、本当に“タブレット学習”をいいものにできるのか?というところに、疑問を抱かせ、“タブレット学習”の導入を踏みとどませるものでした。
いつもいつもhidakaの選択は、私が責任持って行っています。
夫は相談に乗ってくれますし、間違っていると思えば反対もしてくれると思います。
でも、あらゆる選択肢を取り上げるのも、最終的な“選択”を行うのも、実際は母である私なのです。
どうしたって傍で成長を見守り、育てている私以外できないのです。
踏みとどまっていた“タブレット学習”を、どうして進めようと考えたのか。
それには、理由があります。
なぜ、“タブレット学習”を導入することにしたかというと、どうしたってhidakaの持っている苦手は得意になることはないからです。
どんなに凹に働きかけても、コミュニケーション能力が生まれながらに低い子が、急に高いコミュニケーション能力を育み、集団の中でリーダー格になって熱弁をふるう事はないのです。
その生まれながらに持っていないところに、その子の魅力を期待し、成長させていこうと一生懸命取り組むことは、本人も傍で成長を支える側にとっても、そんなに苦しい育児はないのです。
よく彼を知る必要があります。
よく彼の持つ魅力がどこにあるのか、感じる必要があります。
その“得意”に気づき、その“魅力”を十分に伸ばしてあげる、そんな環境を作ってあげることが、私たちに出来ることのひとつなのではないでしょうか?
それが、我が子を“自分らしく育てる”ということなのではないでしょうか?
ずっとやってきたのです。
ずっとずっと「hidakaの事をもっと知りたい。」と、彼が見ている世界を一緒に見るという努力をしてきました。
心配なことはあります。
でも、心配心配と、やるべきことを何もせず、立ち止まっている訳にはいかないのです。
注意は必要ですが、あらゆるリスクへの脅威に負け、子どもの将来に夢を見れなくなったら、私たちは子育てを終えたときに、「私の子育てはいいものだった。」と、自信を持って言えるのでしょうか?
器用ではありません。
2次障害、怖いです。
でも、だからといって、子どもの行動を制限して、規制し、苦手ばかりを心配し、過剰に働きかけるというのは、子どもにとっても育てる親にとっても、こんなに息苦しい子育てはありません。
もっともっと“人よりも秀でていること”は評価されるべきなのです。
傍で成長を支えている私たちだからこそ、できることがあります。
今、早期発見・早期療育という考えは広まり、日本の発達障害への療育は手厚くなってきております。
ただ、日本の発達障害の療育は、発達の凹に注目されたものです。
発達の凹に働きかけるもので、凸に働きかける療育は日本では注目されておりません。
このことを、発達障害の傾向を抱える我が子を持つ私たちは、知っておく必要があるのです。
天才や才能と呼べる凸の発達に注目している訳ではありません。
その子が持つ凸の発達に注目することが、その子が“自分らしく”、“生き生きと”自分の人生を送るのに大切になってくるという子も、私はいるのではないか?と感じております。
発達に凸凹があり、凹の発達が落ち着いてきている子を持つ方の、我が子を“自分らしく”・“生き生き”とした人生を送る為に何が必要か?ということの“選択”の参考になれば幸いです。
スマイルゼミの“タブレット学習”で、hidakaの凸の発達を伸ばし、“タブレット学習”をhidakaにとって“いいもの”にできるように、活用していきたいと思っております。
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